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内藤邦雄の「mid NAITO cafe ~ミッド ナイト カフェ~」

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追悼:野村監督

努力の天才。
ボクが彼に思ったことはこの言葉。
かれこれ10年くらい前だろうか、野村克也氏の講演を聞いた。
「なにも才能の無い男が一人前になるには練習しかなかった」と彼は言う。
彼は、テスト生で南海に入団する。捕手としては肩が弱かったらしい。レギュラー捕手もいた。
でも彼は努力でポジションをつかみ取った。
そしてその後、三冠王になったにもかかわらず、自身を「才能の無い男」とした。
彼の話を聞いて「努力には才能が必要なんだ」と痛切に思った。
野村監督こそ「努力の天才」なのだ。
努力の苦手な僕は本当に尊敬している。

子供のころからスワローズファンのボクは、野村監督と聞いて「ちょっとイメージ違うんじゃないかな」と思った。でも彼は、広澤、池山、古田の主力打者と岡林、伊藤智、高津といった投手陣でスワローズ黄金期を作り上げる。
「ID野球」を標榜しデータを重視するその手法は日本野球に革新をもたらしたといっても過言ではない。
でもそれだけではない。
1995年春、前年4番、5番を務めた広澤、ハウエルが巨人に移籍し圧倒的戦力ダウンを指摘された。
開幕前夜、ニュースステーションに出演した野村監督はキャスターの久米宏の「4番、5番が巨人に移籍しましたが、ヤクルトの4番はいったい誰が打つのですか?」という質問に「4番は池山。彼は本当によくなった。何の心配もしていない。」と返す。監督就任以来、なにかと厳しく当たっていた池山への言葉。
おそらく彼は池山を誰よりも気にかけていて誰よりも期待していた。
残念ながら、池山はプレッシャーからか、開幕以来極度のスランプに陥る。それでも野村監督は粘り強く4番で使い続ける(本当に期待してたんだろうなぁ)。でも結局GW明けから4番に古田が座り逆襲の快進撃。戦前、圧倒的戦力ダウンと言われたスワローズはリーグ優勝、日本一を成し遂げる。これもまたドラマ。(その年は、たまたまリーグ優勝の瞬間を神宮で見れたなぁ)

スワローズファンにとって野村監督は恩人である。
そして日本球界にとっては宝物だった。
彼を失うことは大きな損失だけど、彼はたくさんの人材を残してくれた。
南海、ヤクルト、阪神、楽天で野村監督の指導を受けた多くの人材が今の日本球界を支えている。
ボクたちは、これからも野村チルドレンとともに日本の野球を見続ける。

心よりご冥福をお祈りします。

合掌





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by cultemo | 2020-02-12 12:18 | 野球 | Comments(0)